9. 実践を通して研究する
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1. アクションリサーチ
1-1. アクションリサーチとは
「研究者と実務家が協働して、社会・組織・集団に生じている喫緊の課題を解決するとともに、その行為を通じて社会科学の知識を蓄積し、新たな理論を構築することを目的とする研究方法」
アクションリサーチは、1940年代に社会心理学者のK. レヴィンによって初めて提唱された レヴィンは、$ B=f(P, E)すなわち、人間の行動は人と環境の関数で表されるとして、社会心理学の分野に場の理論と力学観を持ち込んだ人物 Tグループなど、集団による企業内訓練の技法を提唱したことで知られている アクションリサーチは何か一つの特定の研究方法を示すものではない
その目標を達成するために定量的、定性的方法を問わず、適切と思われる複数の方法が組み合わされて採用される
その目標とは、「現実的な問題の解決」と「社会科学に関する知識の進展」を、研究者と実務家が協働して行うことにある
それらは十分に科学的な理論的根拠のあるものでなければならない
そこで行われた活動や介入は、客観的に評価され、その結果は依拠した理論をさらに洗練されたものにするために用いられる
1-2. アクションリサーチの対象
アクションリサーチは、問題状況にいる個人よりも、問題状況を生み出しているシステムそのものに焦点を当てる
アクションリサーチが対象とするシステムは、集団レベルから組織レベル、そして社会レベルにまで及ぶ
提唱された当初は、集団レベルの比較的規模の小さなシステムを対象とすることが多かったが、1960年~80年代には組織レベル、そして最近では社会レベルへと拡大してきている
集団レベルとしてはグループダイナミクス研究、組織レベルとしては組織開発研究、そして社会レベルとしては政府の政策に関した社会実験研究などがその代表例として挙げられる 1-3. アクションリサーチのプロセス
アクションリサーチのプロセスは通常の研究のように、スタートがあってゴールがあるというように直線で表すことはできない
円環型、あるいはらせん型で表すのが適当である
アクションリサーチでは心理学や社会科学の「理論」を基礎として、システムが有する問題を「発見・診断」し、実際的な問題の解決に向けて何らかの「活動・介入」を行う
介入の結果を「評価」することによって「さらに優れた理論」を作るというサイクルを回す
このサイクルが一巡したときには、らせん階段を登るようにわれわれの科学的知識や実践上の知恵外地段階高い水準に達しているのが望ましい
このサイクルを回すことによって、問題となっているシステムを変革し、将来同じような問題に直面した時に役立つ、普遍性のある社会科学の理論を構築する
この研究サイクルのもう一つの特徴は、どの位置からでも研究が開始できるということ
一般の研究では、必ず「問題の同定」からはじめる必要がある
アクションリサーチでは、たとえば「介入の評価」からはじまって、「科学的知見の同定」、そして「問題の発見と診断」へと進むこともよくある
1-4. アクションリサーチの類型
アクションリサーチは①問題の発見と診断→②活動・介入計画の立案と実行→③介入の評価→①…を繰り返すことが目標とされる
しかし、実際の社会状況では機会・資源・倫理的な制約があり、なかなかそのようにはいかない
そこで、一部だけに焦点を当てたものがよく行われている
「問題の発見と診断」に焦点
外部エージェントが対象組織の中に入り込んで、自然観察、質問紙調査、当事者との面接、内部ドキュメントの分析、などの方法を用いて診断を行う
「活動・介入計画の立案と実行」に焦点
外部のエージェントがクライアントと協働して、診断に基づいた介入策や活動計画を立案し、それを実行に移す
介入方法としては、サーベイ・フィードバック、啓蒙活動、教育・訓練、コンサルテーションなど
「介入の評価」に焦点
活動・介入のプロセスとその短期的、中長的的結果を科学的・客観的に評価する
評価可能性の同定、ロジックモデルの構築、準実験計画法、客観的ドキュメントの分析などが用いられる
なお、実証的アクションリサーチは、後述するプログラム評価の考え方や手法と大きく関連している
2. プログラム評価
2-1. プログラム評価とは
「特定の目的をもって設計・実施されるさまざまなレベルの介入活動およびその機能についての体系的査定であり、その結果が当該介入活動や昨日に価値を付加するとともに、後の意思決定に有用な情報を収集・提示することを目的として行われる包括的な探究活動」
プログラム: 人為的に設計された介入や活動の集合体
e.g. 教育(不登校防止プログラム)など
プログラム評価は大きく2つに分かれる
「プログラムの働きや機能」に関する評価
プログラムが想定通りに実行され機能しているかどうかを査定する
「プログラムの結果と効果」に関する評価
プログラムが本来想定した目標を達成しているかどうかの結果を査定する
2-2. プログラム評価の目的と課題
プログラム評価の目的は、当該プログラムに関与しているステークホルダーとの関係で決定される
これらのステークホルダーのうち、どれから、どのような種類の要請があり、何を明らかにしたい、あるいは明らかにする必要があるか、によってさまざまに決定されることが多い
プログラム評価の目的の主なもの
プログラムそのものを改善・発展させるために行うもの
アカウンタビリティ(説明責任)を実行するために行うもの
知識・知見獲得のために行うもの
価値判断や意思決定の材料を得るために行うもの
宣伝活動のために行うもの
ここで問題になること
「何を評価するか」
プロセスかアウトカムか
アウトカムの場合は、結果・効果が短期的なものか長期的なものかによって評価の仕方が異なってくる
「どう評価するか」
評価の指標として何を用いるかによって評価結果は当然異なってくる
さらにアウトカム評価の場合「何をもってよしとするのか」という判断基準の設定も重要となってくる
2-3. 評価可能性アセスメント
プログラム評価の理想をいえば、プログラムを計画・設計する段階で、すでにプログラム評価をどのように行うかが決められているのが望ましい
しかし、世の中にあるプログラムの多くはそのようにはなっていない
プログラム評価に投じる時間的・経済的・人的資源が無駄にならないようにするための事前調査
以下の評価可能性指標が提唱されている
目的がしっかりと定まっているプログラムであること
介入手順や介入方法が明確で、かつ安定性・整合性が取れていること
関連データの入手が比較的容易であること
評価結果の利用目的がしっかりとしていること
プログラム実施現場と評価チームの意思疎通が十分に取れていること
このような特徴が認められないプログラムは、評価の対象としにくい
2-4. ロジックモデル
多くのプログラムでは実施途中に、あるいは実施後に評価を行うことを想定して立案・設計されているわけではない
プログラムの実施に関する資源間の関係性や、活動内容の計画、変化や達成しようとする結果を、体系的にチャートとして表したもの
基本的なロジックモデルは「インプット(投入資源)」→「アクティビティ(活動)」→「アウトプット(結果)」→「アウトカム(成果)」→「インパクト」という因果関係図で表される
e.g. 企業におけるメンタルヘルス対策プログラム
インプット
対策にかかる予算や人員
アクティビティ
内部・外部の医療や心理の専門家の活動、人事マネジメント、広告、教育活動
アウトプット
活動の結果得られた具体的な結果
来談者数、教育日数、人事書偶数など
アウトカム
プログラムから得られた成果
傷病欠勤者・求職者・メンタルヘルス不全による退職者数など
インパクト
プログラムから派生した、会社組織や会社の政策に及ぼした影響
応募人数の増加など
ロジックモデルを作成することのメリット
プログラムが可視化できる
ステークホルダー間のコミュニケーションツール
可視化・簡素化することにより、アウトカム指標等の選定が楽になる
評価可能性を探ることができる
評価に必要な文献調査・情報収集が明確になる
2-5. 評価データの収集方法
評価データの収集方法については、心理学や社会科学のありとあらゆる方法を念頭に置き、信頼性、妥当性、使用可能性を吟味して選ぶ必要がある
同じような環境や境遇、問題意識、属性を持つ人々に集まってもらい、ファシリテーター(推進役)やモデレーター(調整役)と呼ばれる人が司会役となって質問やトピックを参加者に投げかけ、意見や考えを引き出すデータ収集の方法
得られるデータは質的なものが主
既に刊行された資料を渉猟し、それらから有益な情報を抽出する方法
得られるデータには、質的なものも量的なものも含まれる
それらの方法は、大きくは定量的なものと定性的なものとに分けられる
ただし、どのような方法を取ろうとも、できれば定量的と定性的の少なくとも2つ以上の方法を組み合わせたトライアンギュレーション方式(三角測量方式)によるシステマティックなデータ収集が推奨されている 理想を言えば、介入群と対照群とを設け、それぞれに被験者を無作為配置する純粋な実験計画法を用いるのが一番であるが、実際のプログラムの評価でこれを行うのは極めて困難
そこで無作為配置の条件を外した準実験計画法を用いるのが一般的
介入効果の内的妥当性という面では実験計画法よりも劣るが、実験計画を柔軟に変更・修正していけるというメリットを持っている そのため今日、準実験計画法は実験室を離れた社会フィールドで行われるさまざまな介入プログラムの評価を行う際に広く用いられている
2-6. 報告書の執筆
プログラム評価の場合、評価結果を報告書としてまとめることを避けては通れない
プログラム評価は一般の研究とは異なり、関係するステークホルダーが多く、しかも評価結果を知りたがっていること、評価に投入する資源や時間が大きく、さらにはその結果でもってプログラムを存続させるか否かの実際的な意思決定がなされる場合が多い
以下のように書き方を工夫することで、誰でもが水準の高い報告書を書くことができる
読み手を意識し、読み手がどのような情報を求めているかを理解する
評価の情報を、何らかの意思決定を行うのに役立つように整理する
結果などの重要な情報を最初に示す。結果のサマリーを冒頭に持ってくる
重要な箇所は、アンダーラインや太字にする、「」で囲むなど目に付きやすいようにする
必要以上に専門用語を使わない。複雑な文章は避ける。
出来上がったものから不必要な言葉や表現を削除する。他人に推敲を依頼する
3. まとめ
アクションリサーチとプログラム評価に共通している点
どちらの研究にも、社会活動や社会的介入という変数が組み込まれている
研究者は活動や介入の現場に自ら足を運ぶことが重要である
どちらの研究を行うにも、研究者は心理学に限らず、社会学、人類学、政治学、経済学、経営学などで用いられる多様な方法論に精通している必要がある
一つの方法に依存せず、多様な方法をベスト・ミックスさせる事が重要である
研究結果のオーディエンスは、研究者仲間だけではなく、さまざまなステークホルダーから構成される
したがって、結果は「真実かどうか」に加えて、「価値を持つか否か」が重視される